変化を促す資本の力

世界は、新型コロナウイルスのパンデミック（世界的流行）から気候変動の影響に至るまで、多くの困難に直面しています。私は「イノベーションの力」こそ、現代が抱える喫緊の課題解決の糸口になると考えます。過去30年以上にわたるヘルスケア分野への投資を通じて、私は科学や資本に裏打ちされた斬新な発想力が、病気の治療や命を救うワクチンの開発、患者の転帰改善につながることを目の当たりにしてきました。そして、それらと同じ「向上の精神（spirit of progress）」が地球規模の問題を解決しています。私たちは今、現実的な解決策、目に見える進歩、そして長期的な成長をけん引するイノベーションの時代を迎えています。

例えば、私はヘルスケア業界でディスラプション（創造的破壊）を起こす可能性を秘めた、数々の技術革新に期待を寄せています。現在、科学者はこれまでにないスピードと画期的な治療法で、病原体の解明・特定に取り組んでいます。何十年にも及ぶ研究の結果、かつては非現実的に思えたアイデアが急速に具現化しています。ヘルスケア業界の歴史上、今最も有望な時期を迎えていると言えるでしょう。

がんの分野では、人の免疫のもととなる抗体に薬物を結合したバイオ医薬品「抗体薬物複合体（ADC）」の開発により、がん細胞を従来より効果的に狙い撃ちする治療が可能になりました。また、標的タンパク質分解技術は細胞に備わった「清掃工場」を使い、がんなどの原因になるタンパク質を取り除くことができます。この技術により、創薬の標的が広がると期待されます。

このほか、新型コロナウイルスのワクチンで初めて実用化したメッセンジャーRNA（mRNA）や遺伝子治療などの技術は、難病・希少疾患治療の希望の光となるでしょう。mRNAはワクチンだけでなく、乳幼児に肺炎などを起こすRSウイルス感染症やインフルエンザの治療薬など、幅広い応用が期待されます。さらに、研究者は人工知能（AI）や機械学習の技術を活用することで、病原体の特定や創薬における効率を改善しています。こうした新境地を切り開いているヘルスケア業界に、今注目が集まっています。

世界の重要な課題の一つである気候変動対策においても、今後一層技術革新が進むでしょう。ウエリントンは、気候変動リスクをリサーチの重点分野と位置付け、世界有数の独立系気候科学機関「ウッドウェル気候研究センター」や、米国マサチューセッツ工科大学「地球規模の変化に対する科学と政策のジョイントプログラム」と提携し、共同調査を進めています。そして、共同調査から得た物理的リスクと移行リスクの科学的な知見を、金融市場や産業・企業などの洞察と融合し、あらゆる運用プロセスに組み込んでいます。このようにして、私たちは投資を通じ、気候変動の緩和策と適応策を推し進める技術革新を支援しています。

例えば、地域の誰もが太陽光発電システムの恩恵を受けられる「コミュニティソーラー」や集積回路パネルは、エネルギー危機に対応するための新しいハードウエア・ソリューションです。また、植物由来の代替肉は、サステナビリティ（持続可能性）に配慮した食品として注目されています。AIを使ったリサイクルは、廃棄物の削減を促すでしょう。これらは、気候変動対策や持続可能な社会の実現に向けた新技術のごく一例です。

企業が課題解決と向上に取り組む分野は数多くある中で、ヘルスケアと気候変動はその一部に過ぎません。資産運用会社とアセットオーナーは、既存の枠組みを壊すディスラプションを起こしている上場および未上場企業への投資を通じて、「向上」を後押しする役割を担っています。

様々な革新的企業が世界の重要な課題解決に取り組んでいますが、それらの成長を支えるための資金も限られています。私たち資産運用会社は、綿密なリサーチに基づき、地球環境や社会にとって利益となり得る優れた事業や活動を見極め支援していくことで、そのような取り組みに好影響をもたらすことができると考えます。

世界の重要な課題に立ち向かうには、目の前の現実を理解しなければなりません。同時に、課題解決につながる大胆なアイデアの可能性に、前向きな姿勢で臨むことが必要であると、私は考えます。創意工夫の錬磨には、たゆまぬ努力があることを忘れてはなりません。イノベーション時代の中で、人間の発想力は難局を乗り越える力になっていくものと確信しています。