トランプ氏とバイデン氏の再対決:前例のない政策の乖離が市場に及ぼす影響

2025-05-28
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今年の米大統領選挙は接戦が予想されます。私は、連邦赤字、税金および支出のシフト、規制政策、移民、貿易、地政学の6つの主要な政策論争が市場に最も影響を与えると見ています。これら6つのテーマに関する私の考えをご紹介します。まず重要な点は、投資家は米国のインフレ予想、成長率、債券利回りについて、より幅を持たせた見通しで検討する必要があり、貿易や地政学的状況のより急激な変化に備えるべきであるということです。また、こうした変化は収益の可能性やバリュエーションに影響を及ぼすため、今後は株式市場の異なるセクターが恩恵を受ける可能性があることも投資家は考慮するべきです。

今後数か月にわたり選挙プロセスが展開されるうえで、投資家が考えるべきことが多くあるのはなぜでしょうか。候補者二人の間の政策における大きな隔たりと、それが経済に与え得る影響を考えてみましょう。例えば、トランプ前大統領が勝利し、共和党主導の議会の支持を得るシナリオでは、減税、財政赤字の拡大、インフレ率の上昇、利回りの上昇、規制の緩和、孤立主義的な貿易および地政学的政策の増加が予想されます。バイデン大統領が勝利しても、依然としてねじれ議会である場合はどうでしょうか。この場合は高所得者層の増税につながり、財政赤字の削減にある程度貢献すると予想しますが、財政規律を制限する可能性のあるグリーンエネルギーの補助金継続も見込まれます。また、バイデン大統領が民主党が主導する議会で勝利した場合、法人税率の多少の引き上げ、児童税控除の延長、消費者の医療費抑制への取り組みや、教育、低所得者向け住宅、気候などの分野への支出拡大が見込まれます。

こうした政策の相違の詳細に入る前に、選挙の数値的側面についてご紹介します。

厳しい選挙が予想される理由

6つの主要激戦州は、538人の総選挙人票のうちの77票を占めます。77票は、ウィスコンシン州(10人の選挙人票)、ミシガン州(15人)、ネバダ州(6人)、アリゾナ州(11人)、ペンシルベニア州(19人)、ジョージア州(16人)です。 2024年3月上旬時点の世論調査では、これら6州のうち4州でトランプ氏がバイデン氏をリードしており、アリゾナ州とペンシルベニア州では候補者が拮抗していました。スイングステートとして可能性のある7州目はノースカロライナ州(16人)です。同州は共和党に傾く傾向がありますが、2008年のバラク・オバマ氏のときのように民主党に揺れることで知られています。

スイングステートの重要性を大局的に見ると、バイデン氏は2020年の大統領選で国民投票で4.5ポイント(約700万票)の差をつけて勝利しましたが、ウィスコンシン州、アリゾナ州、ペンシルベニア州、ジョージア州を合わせた勝利差はわずか126,000票でした。

特定の政党を支持していないクック政治報告書によると、残りの州においては、大統領選挙に勝利するために必要な270人の選挙人票に向け、民主党は226人、共和党は219人(ノースカロライナ州が共和党に傾く場合は235人)を獲得できる可能性が高いことが示唆されています。候補者が二極化していることを考えると、どちらも270票に届かない可能性もあるでしょう。1

世論調査によると、有権者の意思決定を促す問題には、経済、移民、中絶、気候変動、民主主義とその制度、外交政策、平等などがあります。トランプ氏が不法移民や犯罪に焦点を当てていることは、規制緩和や減税の公約と同様に、有権者の支持を維持する可能性が高いと見られます。一方で関税の引き上げや、より孤立主義的な米国というトランプ氏の脅威は、一部の人々にとっては抑止となっているようです。また、選挙を左右する無党派層の役割を考えると、トランプ氏の法廷闘争も結果に影響を与える可能性があります(米ギャラップ社によると、2023年には米国の成人の43%が無党派であるとされています)。

こうした中、高いインフレ率と高金利が消費者信頼感を圧迫しているため、バイデン氏の支持率は低迷しています。しかし、これらの要因はバイデン氏が望む方向に展開しつつあり、民主党が大統領職だけでなく下院も維持する後押しとなる可能性があります。2022年の中間選挙では、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)の問題で多くの民主党有権者が投票に訪れましたが、今年も同様のことが起こり得ます。

議会の先行きに目を向けると、現在の上院の構成は、共和党49名、民主党48名、(民主党と共に投票する)無所属3名です。今年11月の選挙では、共和党は11議席、民主党と無所属は23議席の再選を目指します。共和党は3議席を獲得するだけで上院を支配することになり、これは多くの専門家が予想している結果です。

世論調査では、現在共和党が握っている下院の支配権は次の選挙で五分五分になることが示唆されています。クック政治報告書によると、共和党は210議席、民主党は203議席の確保が確実視されているようです。結果を左右する可能性があるのは共和党の9議席、民主党の14議席の23議席です。

現在の状況では、共和党の下で統一政府が樹立される可能性が高まっているように見受けられますが、上述のような勝利への道の狭さを考えると、民主党の統一政府の可能性を完全に排除することはできません。

経済および市場に影響を与える主要分野

次に、投資家が今後数か月の間に把握しておくべき6つの政策分野を見てみましょう。

連邦赤字 ー 両党の候補者とアメリカ国民にとって、連邦政府の財政赤字の規模は優先度が低くなっています。これは、市場が規律を強制しない限り(市場は財政赤字を懸念)、いずれの党の下でも財政政策で意味のある引き締めを行う可能性は低いことを示唆しています。とはいえ、ねじれ議会となれば、どちらかの党の行動力が制限される可能性が高くなるため、それが赤字の抑制を促すかもしれません。

今後の見通しとして、私はトランプ氏は明らかに財政赤字の規模についての関心が低いと言ってよいと考えています。トランプ氏が勝利して共和党主導の議会の後押しを受けることになれば、結果として、金融市場は米国債により高いタームプレミアムを求めることが予想されます。財政赤字(現在GDP比約6%)が景気後退時には通常約2%ポイント拡大することは注目すべき点で、割引率の面で考えると、米国経済と市場に大きな脆弱性がもたらされることを示唆します。私は選挙がどちらの結果になっても金利は上昇すると予想していますが、トランプ氏が勝利した場合の方が金利への懸念は高まります。

税金および支出のシフト ー 米国経済は、トランプ前大統領による2017年の減税措置が終了する2025年末に税の崖に直面するでしょう。対策が講じられなければ、個人税率は2017年の水準より高い水準に戻り、基礎控除は半減し、相続税の免除は縮小され、パススルー事業体(株式会社以外の事業体)の20%控除は廃止されるなどの変更により、年間4,000億米ドルの増税となります。トランプ氏は減税を恒久化し(今後10年間でのコストは2.7兆から3兆米ドル)、法人税率をさらに引き下げたいと考えています。バイデン氏は、所得が40万米ドルを超える人には増税するものの、それ以外の納税者には税金を低く抑えたい(今後10年間でのコストは1兆から2兆米ドル)との意向です。

これは恐らく、次期政権が直面する政策決定の中で最も過小評価されている点であり、議会の機能不全が深刻化していることは、多くの税制問題で必要とされるであろう妥協点に達することが困難になることを示唆します。結局、どこまで妥協に至るかは議会の構成とその時の経済状況に左右され、最も簡単な解決策は恐らく税金の延長期間を制限することになるでしょう。

今度の選挙で議論の対象となるもう一つの税金の問題は、多国籍企業の納税方法です。特に、米国はジャネット・イエレン財務長官が提案したグローバル・ミニマム課税を制定するのか、制定しないのであれば、他の国が報復することになるのではないかという点です。こうした税法の変更は、米国の企業利益の伸びに重要な影響を及ぼし、将来の株式市場のリターンにも影響を与える可能性があります。

支出面では、気候とエネルギーへの米国史上最大の投資を盛り込んだバイデン大統領の2022年のインフレ抑制法(IRA)が無制限に進行することが許容されれば、最終的には当初予想していた額の3倍に当たる約1兆米ドルの費用がかかることになります。トランプ氏のグリーンエネルギー補助金に対する関心は当然ながらかなり低いため、トランプ氏が勝利すれば、補助金が提供される期間および補助金を受けるグリーンエネルギー源の幅の両方が削られる可能性があります。電気自動車(EV)の税控除制度も廃止に向かうかもしれません。IRAの下で発表されたプロジェクトの71%はまだ計画段階にあり、選挙に関する内容が明確になるまで一部が中止または延期されることが考えられます。米国の産業会社とグリーン企業の収益は、これらの補助金によって大幅に押し上げられており、バイデン政権の下では、今後も強力な道筋ができるでしょう。しかし、政権が交代すれば、補助金が提供される期間や収益を後押しする幅が狭まることが考えられます。

他の重要な支出案に関しては、トランプ氏は景気刺激策として国民への給付に関心を示していますが、現段階では計画の焦点や規模に関する詳細はほとんど明らかになっていません。先に述べたように、バイデン氏は教育、住宅、気候などの分野での支出増加を促す確率が高いでしょう。 全体として、両候補の税に対する姿勢と持続不可能となり得る支出計画は、さらに1兆から5兆米ドルの赤字増加となり、金利上昇リスクを高める可能性があります。

規制政策 ー 財政政策および税制は議会と大統領の両方に依存しますが、規制に関しては大統領の方がはるかに高い影響力を有します。 例えば、バイデン大統領の下では、銀行の自己資本要件の引き上げ、医薬品価格の精査、EPA排出基準の厳格化が見られました。トランプ氏は業界の規制を緩和し、企業の義務や負担を伴う要件を軽減する可能性が高いでしょう。(米国でのビジネスコストに関する一部の文脈で、全米製造業者協会は最近、米国企業の連邦規制によるコストは年間3兆米ドル超、すなわち一社あたり平均277,000米ドルであると推定しており、小規模企業にとっては特に重い負担となっています2)また、トランプ氏は、連邦通信委員会や連邦取引委員会などの独立した規制機関を大統領権限下に置くことを望んでいます。これらの変化は、規制された経済部門に顕著な影響を与えるでしょう。

就任後にトランプ氏が規制上の煩雑な手続きを削減する可能性の一例を挙げると、2027年に予定されているEPAの排出量の更新を修正または廃止することは十分に予想できます。このような変化(および前述のグリーンエネルギー支出における変化の可能性)を伴うトランプ政権は、米国のグリーンエネルギー移行のペースを遅らせ、化石燃料への依存度がある程度高い状況を維持するでしょう。

移民 ー 経済的な観点で、移民問題も過小評価されている問題の一つです。不法移民に対応するコストは国境を接する州にとって確かに課題であり、世論調査の中には、現在移民がインフレを超えて一番の問題であるとするものもあります。しかし、米国議会予算局の最新の推計によると、2026年までに約700万人が米国の人口に加わると見込まれる移民の急増は、経済に供給サイドショックをもたらし、賃金圧力の軽減が促され、労働市場のバランスの改善に寄与しています。ビザの未処理分の遅れが取り戻されたため、今日の労働力に数えられる多くの移民は合法であるものの、滞在許可証を持たない移民の急増は選挙の要因となっています。トランプ氏はより効果的な国境管理を行うことを誓い、不法就労者を国外退去させることも約束しています。これは大規模な負の労働供給ショックとなる可能性があり、インフレ進行が生じ得ます。

貿易イニシアチブ ー トランプ氏が選挙に勝利する場合、恐らく全体として10%、中国からの輸入には最大60%の関税の引き上げが大きく予想されています。試算によると、普遍的なベースライン関税により、10年間で1兆米ドルの税収が見込まれ、トランプ氏の税制計画の一部への資金提供を支援するでしょう。一方、関税の引き上げはインフレ圧力を高め、消費者の購買力を低下させる可能性があります。

他の貿易分野では、トランプ氏は2026年に予定されている米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の共同での見直しを利用して、メキシコに関連する政策の転換を実施することが考えられます。欧州や日本との関係も、バイデン政権下よりも友好的ではなくなるでしょう。

バイデン氏が再選された場合、中国とのデカップリングが引き続き優先課題となるものの、欧州と日本は強力な同盟国とされ、貿易政策は現在の路線を継続する可能性が高いと考えられます。

地政学 ー トランプ氏が政権に復帰する場合、地政学的な地図の再構築が必然となります。NATOからの離脱と、欧州、米国、そして恐らく日本による防衛費の増加は、すべて潜在的な影響を与える可能性があります。エネルギー安全保障はバイデン政権やトランプ政権にとって重要な政策の柱になると思われますが、バイデン政権下では大規模なグリーンエネルギー補助金や天然ガス輸出の制限、トランプ政権下では化石燃料生産および輸出の拡大と、異なる形で示されるでしょう。いずれの選挙シナリオでも、中国からのデカップリングは依然として必須とみられますが、トランプ氏は補助金より関税を選好するため、米国の産業政策の中身はそれに応じて変化することが予想されます。

1If neither candidate reaches 270 electoral votes, the presidential election is decided in the House of Representatives, where each state delegation gets one vote and 26 votes are needed to win. The Senate would elect the vice president with each senator having one vote. | 2National Association of Manufacturers, “The Cost of Federal Regulation to the US Economy, Manufacturing, and Small Business,” October 2023.

Juhi Dhawan

ジュヒ・ダワン

マクロ・ストラテジスト