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キーズ・ホワイト
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要旨
米国、中国、日本、欧州連合(EU)など、多くの政府が今世紀半ばまでに温暖化ガス排出量実質ゼロにする方針を表明し、低炭素経済への移行が本格化しています。2021年11月に開催された第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では、約100カ国以上が森林の破壊を防止し回復させる目標で一致しました。また、23カ国が石炭火力への金融支援停止で合意したほか、109カ国が2030年までにメタン排出量を2020年比で30%削減することを表明しました。
エネルギー、工業、運輸などのセクターの脱炭素化は、広範な政策と大規模なインフラ整備にかかっています。それには巨額の設備投資が必要になり、多くのセクターで需給逆転が生じ、新興産業の成長につながると予想されます。本稿では、脱炭素化が最大の資本サイクルになり得る要素と投資機会について考察します。
温暖化ガス排出量実質ゼロを実現するには、年間1兆~2兆米ドル(実質ベース)の支出が必要となり、世界のGDPの1~2%程度に匹敵する額に上る見通しです(図表1)。この金額は、「マーシャルプラン」(現在の貨幣価値で総額約1,140億米ドルの戦後の欧州復興計画)や2009年に米国で成立した景気対策「米国復興・再投資法」(現在の貨幣価値で総額8,310億米ドル)など、過去の大規模な景気刺激策をはるかに上回ります。脱炭素への道のりは格段に長く、少なくとも今後20年間は継続的な設備投資が必要になると予想されます。脱炭素化の設備投資額は、世界の年間投資総額の7~14%を占め、世界のGDPの約28%に上るとみられます。これまでにこの規模に達したのは世界金融危機後の一時期と、1970年代の1回しかありません1 。こうした巨額の支出、政策の後押し、消費者や投資家の意識変化が重なり、新たな資本サイクルが始まるでしょう。
1 脱炭素技術や化石燃料の枯渇を重視する現在の脱炭素化の取り組みに基づくと、この設備投資で世界の年間温暖化ガス排出量の50~75%を削減できると予測されます。脱炭素技術による完全な削減(現時点では難しいとみられる)は、年間最大5兆米ドルかかるとみられます。排出量の実質ゼロに向けて自然の解決策を活用しコストを大幅に削減することも想定できますが、これには限界があると考えます。
図表1
2040年までに温暖化ガス排出量ゼロを達成するために必要な投資額
年間1兆~2兆米ドルの追加設備投資が必要
出所:International Energy Agencyのデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。※上記は過去の実績および将来の予測であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。
米国で昨年可決された1兆2,000億米ドルのインフラ投資法案や、欧州連合(EU)が掲げる欧州グリーンディールなどの政府の脱炭素へのコミットメントは、グリーン設備投資を正当化し、加速させるでしょう。
脱炭素化の設備投資の大半は、次の分野に充てられるとみられます。
太陽光や風力発電の導入拡大を含む脱炭素化の第一の波は資本集約型産業で、サプライチェーンの逼迫が予想されます。
鉄鋼、セメント、航空業界のように二酸化炭素排出量の削減がより難しい産業での削減ソリューションは不確実性が高く、それゆえにより大きな潜在投資機会が存在しています。例えば、カーボンオフセット(炭素排出量の相殺)や二酸化炭素を回収・貯留・再利用するCCUS技術などがソリューションとして挙げられます。二酸化炭素を除去する技術が今後どの程度浸透するかはまだはっきり見えていないものの、考え得るほとんどの合理的なシナリオでそうした技術分野への投資が不足しているため、今後より多くの資本を呼び込むとみられます。
また、天然ガスや液化天然ガス(LNG)などの伝統的なエネルギー分野にも投資機会があると見ています。市場では需要減少の見方もありますが、脱炭素のブリッジエネルギーである天然ガスの役割は大きく、予想以上に長期にわたり需要の逼迫が続く可能性があります。原子力は、二酸化炭素を排出しないベースロード電源(コストが安く、季節や天候、昼夜を問わず安定的に発電できる電力源)であることから、脱炭素に貢献するエネルギーと位置づけられ、有効な手段という見方が強まるかもしれません。
カーボンオフセット(炭素排出量の相殺)は、二酸化炭素排出量削減のコスト引き下げに貢献できる手段と考えられます。しかし、カーボンオフセット市場は未成熟で、質、追加的効果、永続性などを巡る懸念から、有効性は限定的です。政府が予算の制約や低炭素技術の大規模な展開が困難となり費用がかさむと判断した場合には、質、追加的効果、永続性が実証できる限り、自然に基づく解決策のような低コストのソリューションに注目が集まる可能性があります。
脱炭素化の設備投資は、多くの産業で需給の混乱の要因となっています。そうした投資環境下、電力事業、電池、産業用金属・鉱業、炭素関連の企業に魅力的な投資機会が存在していると考えます。
社会の電化の流れや再生可能エネルギーの利用拡大などエネルギー転換は、電力網の整備に対する多額の投資を促します。再生可能エネルギーと電力事業の電力網への設備投資は、今後20年間でいずれの分野でも倍増すると予測されます。私たちはこれらの中でも電力会社を選好しています。一方、市場は脱炭素へのエネルギー転換をけん引し、かつ恩恵が期待できる電力会社を過小評価しているとみられます。電力会社は独占企業であるため、規制下で一定のインフレ調整済み利益率を維持する手段として、設備投資の増加を電気料金算定基準に上乗せすることができます。また、多くの電力会社の相対バリュエーションも魅力的な水準にあります。一方、再生可能エネルギー事業は新規参入者との競争が激化し、利益が減少する可能性があります。ここ数年の再生可能エネルギーセクターの堅調なパフォーマンスを踏まえると、バリュエーションの観点では魅力が薄いと考えます。
エネルギー転換には極めて多くの資源が必要になります。再生可能エネルギー、EV、蓄電池はいずれも、コバルト、リチウム、レアアース、銅、鉄、アルミニウムなどの原材料やベースメタル(汎用金属)を大量に使用します。再生可能エネルギー、EV、蓄電池などの市場が成長するに伴い、原材料の需要拡大が予想されます。
原材料の需要増加に対し、供給は限定的とみられます。長年の投資不足を受け、銅、鉄鉱石、リチウム、ニッケルの供給が細っています。特にリチウムは今後2~5年間、需要増加に供給が追いつかず、需給の逼迫を引き起こすと予想されます(図表2)。産業用金属に対しては、ESG(環境・社会・ガバナンス)を巡るステークホルダーの監視の目が厳しくなってきています。また、投資家もリターン追求志向から持続可能なリターンを選択し始めています。そうした動向は供給制約要因となり、需給逼迫から金属素材生産者の構造的な利益率の上昇を示唆しています。
脱炭素の実現にはこれらの原材料が不可欠です。しかし、市場は脱炭素の成功の鍵となる鉱業セクターを過小評価しています。鉱業セクターはESGの観点から懸念が高まっていましたが、現在では多くの企業がESGの取り組みを強化しています。ウエリントンのESGリサーチ・チームの活動においても、鉱業セクターにおけるESG課題の改善ペースは他のセクターに比べて速いことが鮮明になっています。短期的にはマクロ経済の不確実性(景気回復、在庫調整など)を考慮しつつ、長期的に鉱業関連企業に関して明るい見通しを持っています。
図表2
リチウムは急増する需要に供給が追いつかず
リチウムの余剰/不足(炭酸リチウム換算キロトン)
出所:ウエリントン・マネージメント。※上記は過去の実績および将来の予測であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。
脱炭素化には電池も欠かせません。今後数年間の電池需要は既存の生産能力をはるかに上回り、価格上昇につながるでしょう(図表3)。電池の主要市場はEVです。EVの販売台数は対数的な成長(急速に成長した後、時間が経つにつれて鈍化すること)を辿ると予想され、その結果、自動車部品のサプライチェーン全体、特に電池とその原材料の需給が逼迫すると考えられます。同時に、再生可能エネルギーによるベースロード電源を求める電力会社による電池需要が拡大する可能性があります。
図表3
電池の需要は供給を大きく上回る見通し
出所:ウエリントン・マネージメント。※上記は過去の実績および将来の予測であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。
現在の炭素価格は2050年までに温暖化ガス排出量実質ゼロの目標達成をめざすには低水準にあり、炭素1トン当たり100米ドルを超える価格シグナルが必要と考えます。現在の炭素価格の低さは、低炭素技術の成長・収益性や、海底石油プロジェクトが織り込んでいる高水準の炭素価格とも相いれません。
現時、流動性がある程度高く、十分に発展したコンプライアンス炭素市場としては、欧州連合域内排出権取引制度(EU-ETS)と、米国カリフォルニア州のキャップ・アンド・トレード制度(CCA)があり、投資家は主に先物を通じて取引に参加することができます。
EU-ETSはEUの排出量の約40%をカバーしています。排出枠は、競売方式や無償配分によって獲得できます。域内の規制対象企業は毎年、排出量に見合った排出許可証(排出枠)の提出が求められ、提出しないと厳しい罰則が科されます。排出枠の供給は毎年縮小しており、余剰も市場安定化リザーブ(MSR)の導入で事実上抑制されています。こうした動向から、数年後には大幅な排出枠の不足、限界削減費用の上昇、排出枠価格の上昇圧力につながると予想します。
CCAのリスク・リターン特性も良好とみられます。この制度は、カリフォルニア州の排出量の80%をカバーしています。同州の2030年および2050年の排出量目標に合わせて、排出枠の供給は毎年4~6%減少しています。EUの炭素市場とは異なり、CCAでは価格の上限と下限が設定されており、毎年インフレ率プラス約5%ずつ引き上げられます。CCAでも、排出枠の供給減少と下限価格の上昇が排出量削減を促しています。
低炭素移行は資産価格の歪み(ミスプライシング)を生む可能性があり、これに着目しショートすることで収益機会を追求することもできます。例えば、グリーン水素、EV、充電ステーションなどの分野は、大規模な設備投資により競争が激化し、参入障壁が低くなると予想されます。こうした状況がそれらの業界の収益を圧迫し、足元の高い収益期待やバリュエーションとの間のミスマッチにつながると考えられます。また、インターネット革命など過去のスーパーサイクルと同じく、EVメーカーなど消費者向けビジネスを手掛ける企業の中には際立った勝者は少なく、たとえ技術が軌道に乗ったとしても、高い期待に対して株価リターンが振るわない可能性があります。
私たちは、エネルギー転換が最大の資本サイクルになり得ると考えます。グリーン設備投資サイクルの規模と期間は、政府の政策、地政学的な要因、市場の準備態勢、技術革新に支えられています。特に電力事業、産業用金属・鉱業関連、電池メーカー、炭素市場には多くの投資機会が存在しているとみられます。一方、多額の資本が投入され、競争が激化しているセクターでは、ショートして収益の機会を追求することができます。資本サイクルに着目した投資戦略を採用することで、低炭素移行から恩恵を享受できるセクターや企業を捉えながら、長期的に収益機会が少ない分野を回避することができるでしょう。
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