企業のスチュワードシップ責任とエンゲージメント(対話)

2024-12-31
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企業にとって利益の追求とともに、地球・社会との良好な関係の構築は、以前とは比較にならないほど重要になっています。こうした流れを受けて、企業の持続的成長を維持するために、自社の利益とステークホルダー(利害関係者)の利益のバランスを重視した取り組み「コーポレート・スチュワードシップ(企業のスチュワードシップ責任)」が注目されています。投資先企業にスチュワードシップ責任を促していく上で、エンゲージメントの役割は大きいと言えます。特にボトムアップ・アプローチを基本としたアクティブ運用では、経営陣や取締役会との目的を持った建設的な対話が鍵になります。ウエリントンの「グローバル・スチュワード運用戦略」では2021年に、組み入れ銘柄の95%で合計143回のエンゲージメントを実施しました。

コーポレート・スチュワードシップ(企業のスチュワードシップ責任)とは、企業が持続的成長を維持するために、利益の追求と自社を取り巻く地球や社会との良好な関係を重視した取り組みを言います。企業のスチュワードシップ責任は、企業がいかにうまく「People(人)」や社会の価値を創造し、「Planet(地球)」に前向きな影響を与え、長期的な優位性を築きながら持続可能な「Profit(利益)」を生み出しているか、という3 つの「P」で成り立っています。

なぜエンゲージメントを行うのか?

私たちは、利益の追求とステークホルダーとの良好な関係を保ち、自社のビジネスモデルに適した施策を構築・実践している企業は、長期的な競争優位性を築くことが可能であると考えます。なぜならば、企業のスチュワードシップ責任と投資収益は、密接に関係しているからです。ガバナンス(企業統治)やサステナビリティ(持続可能性)に高い目標を設け、それを目指して取り組むことにより、企業はレジリエンス(耐性・回復力)の強化や収益性の改善につなげていくことができます。

私たちは定期的に投資先企業とエンゲージメントを実施することで、企業の文化、適応力、対応力を評価し、報酬などのインセンティブが持続可能な長期の経営目標と合致しているかどうかを確認することができます。さらに、経営陣や取締役会に企業のスチュワードシップ活動に関する説明責任を求めることが可能になります。

投資先企業とのエンゲージメントでは、人材の多様性、サプライチェーンにおける現代奴隷制、気候変動の物理的リスクに対するレジリエンス、低炭素経済への移行に伴うリスクの軽減や温暖化ガス排出量の削減に関する目標設定など、企業の財務や経営に影響を与える可能性が最も高い重大な課題を優先しています。また、投資先企業の長期的な経営戦略を深く理解した上で、私たちは企業に資本構成、リスク管理体制、環境・社会・ガバナンス(ESG)といった重要テーマについて知見を共有するほか、企業倫理や文化に関する課題にも焦点を当てるよう努めています。特にESG課題は企業の長期的な成功を左右するため、エンゲージメントを通して企業に積極的に働きかける必要があります。

積極的なエンゲージメントの効果を最大化する

アクティブ運用にとってンゲージメントは、投資先企業に関する知見を補完し、企業に対して影響力を持ち長期的な成功に導いていく機会につながります。私たちはエンゲージメントの際に、独自の知見を得ること、企業が直面するリスクと機会を評価し影響を与えること、企業の透明性を高めること、企業の収益性やレジリエンスの改善につながる変化を促すことに重点を置いています。

エンゲージメントの効果を最大化し、企業価値を高めていくためには、投資先企業の取締役会や経営陣の信頼されるパートナーとなり、幅広い情報や視点、洞察を提供し続けることが重要です。ウエリントンではエンゲージメントを行う上で、他の運用チーム、リサーチ部門、スチュワードシップ責任、議決権行使、ESGリサーチ・チームなどとの専門的な知見やアイデアの共有が支えとなっています。

また、エンゲージメントを成功させるには、長期投資が鍵になります。企業組織は複雑化しており、持続的な変化を起こすには時間を要します。「グローバル・スチュワード運用戦略」では、組み入れ銘柄を10年以上保有することを視野に入れています。私たちは、長期投資によって重大な課題に対する投資先企業の意識改革と変化を促すことができると考えます。

同時に長期投資においては、投資先企業に対して明確な説明責任を求めていくことが欠かせません。私たちは議決権を積極的に行使し、取締役会に重要なテーマに関する意見を表明し、企業に説明責任を求めるよう努めています。例えば、企業との1対1のエンゲージメントを通じてエスカレーションしても目的を果たせない場合は、エンゲージメント課題についてメディアに発信したり、他の株主と共に投資先企業にレターや書簡を送るなど、公的な発信手段によるエンゲージメントの手法(パブリック・エンゲージメント)を使うことも検討します。私たちは、投資先企業と意見を率直に言える建設的な関係を築くことが、長期的に最善の成果をもたらすと考えます。そのため、パブリック・エンゲージメントの手段についてはケースバイケースで慎重に判断します。一方、長期投資を目指したエンゲージメントでもその影響力には限界があるため、企業側に事業およびESGの課題に改善や進展が見込めない場合は、売却という選択肢も視野に入れています。

エンゲージメントを企業の実態に合致させる

エンゲージメントを行う際、企業固有の事業環境を把握することが重要です。ウエリントンではエンゲージメントの明確な優先事項を設けていますが、各企業が異なる課題を抱えていることを認識し、それぞれの企業文化や社会規範を尊重した上で、エンゲージメントの方法をカスタマイズしています。また、ウエリントンでは産業アナリストやESGリサーチ・チームなどによる、投資先企業に関する洞察や経営陣・取締役会との長期的なリレーションシップをフルに活用することができます。

「グローバル・スチュワード運用戦略」では、投資先企業をESGの優先事項が重複する傾向のある6つの主要業種(消費財、金融、ヘルスケア、資本財・サービス、電力、テクノロジー・メディア・情報通信)に分類して評価します(図表)。例えば、消費財では、適応性、行動・評判、顧客満足度、製品の安全性、サプライチェーンの管理に重点を置いてエンゲージメントを実施します。また、独自の「スコアカード」を使用し、エンゲージメントを通じて企業を同じ枠組み、基準で比較できるようにしています。

図表
業種別の主なESG優先事項(業種別)

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※上記はあくまで一例にすぎません。例示をもって理解を深めていただくことを目的とした概念図です。

エンゲージメントの優先課題例:

① サプライチェーン(供給網)

サプライチェーンはその複雑性と開示基準の欠如から、市場の盲点となっています。サプライチェーン全体を把握し、説明責任を果たしている企業は比較的少ないと言えるでしょう。足元のサプライチェーンの混乱は、原材料の調達戦略や在庫管理に至るまで、あらゆる効率性を追求したことによって生じた脆弱性を示しています。

優れたスチュワードシップ責任を果たしている「グッド・スチュワード」と呼ばれる企業は、信頼できる物流システム、十分な製品、原材料の供給などを盛り込んだ持続可能なサプライチェーン戦略を策定し、さらに事業全体の温暖化ガス排出総量(カーボン・フットプリント)やサプライヤー側の人権情報を明確に把握していなければなりません。多くの企業はこうしたレジリエンス(耐性)を構築する初期段階にあり、その準備状況には大きな差があります。

サプライチェーンは多くの場合、企業全体の温暖化ガス排出総量の大きな割合を占めており、高い環境リスクを抱えています。私たちは、排出量実質ゼロ(ネットゼロ)の実現に向けた取り組みの一環として、企業と協力し環境リスク対策に取り組んでいます。また、サプライチェーンにおける社会的(人権)リスクも注視すべき課題です。原料を採取する供給元、あるいは栽培する農家から遠く離れていても、企業はサプライチェーン全体の人権と労働環境について責任が求められます。虐待や搾取など人権リスクがサプライチェーンの中に潜んでいることも多く、こうした問題は世界中でみられます。現代奴隷制のリスクを低減することは、供給網寸断、ネガティブな報道、ブランドダメージ、意図せざるコストや罰金など、企業の財務に与える影響を抑制し、自社のレジリエンスを強化させます。

② 気候変動

気候変動も企業エンゲージメントの重要なテーマです。私たちはすべての投資先企業に対して、パリ協定に沿った温暖化ガス排出量実質ゼロの目標達成を約束するように働きかけています。本業からの直接的な排出量が少なくても、企業は購入した製品や輸送、販売する製品の使用に伴うエネルギーや廃棄など、上流から下流まで自社の活動によって生じる間接的な温暖化ガス排出量の責任も負っています。スチュワード責任を果たしている企業は、規制の強化・改正を予想し、インセンティブの変化を味方につけ、顧客の嗜好を捉える体制を整えています。私たちは可能な限り投資先企業に対して、化石燃料を多用する原材料削減のプロセス改善、低炭素物流への移行、廃棄物削減のための製品ライフサイクルの延長、エネルギー集約を抑えるための改革などの改善措置を促しています。

気候変動は企業にとってリスクであり対策にはコストがかかりますが、同時にビジネスチャンスをもたらすと言えるでしょう。強固な気候変動戦略を策定している企業は、低炭素エネルギーへの移行にいち早く適応し、利益を生み出すことができます。ウエリントンは独立系科学研究機関「ウッドウェル気候研究センター」と提携し気候変動の物理的リスクに関する調査を進めています。さらに、米国マサチューセッツ工科大学「地球規模の変化に対する科学と政策のジョイントプログラム」と低炭素社会への移行に伴う経済・財務への影響に関する共同調査を開始しました。これらの共同調査を通じて気候関連を深く理解することによって、私たちはより適切に投資先企業が抱えるリスクや機会を評価できるようになっています。

エンゲージメントを通じて付加価値を高める

ウエリントンは知見や調査結果を共有することで、投資先企業の経営陣や取締役会が直面している複雑なリスクを乗り切るための一助となることを目指しています。また、定期的なエンゲージメントを通じて投資先企業と深い関係を築くことは、長期的な視点に立った投資と、視野を広げる機会につながっていくと考えます。

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ヨランダ・コーティンス

株式ポートフォリオ・マネジャー